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「夜中でも米国株が買えるようになるんですか」。先週の面談でそう聞かれました。質問の出どころは、ニューヨーク証券取引所の親会社が暗号資産取引所と組んで、株式をブロックチェーンに載せて24時間取引させる——という海外ニュースでした。
正直に申し上げると、その場では「制度としては動き始めていますが、日本の個人投資家が使えるようになるのは、まだだいぶ先です」とお答えしました。ただ、この分野は向こう2〜3年で相談の現場に降りてくる話だと思っています。10月5日から6日にかけて、米国と日本の両方で関連する動きが出たので、現在地を整理しておきます。
テーマ深掘り:トークン化株式の24時間取引、SECが開けた「5年間の抜け道」
報道によると、暗号資産取引所OKXとニューヨーク証券取引所を傘下に持つICE(インターコンチネンタル取引所)の合弁会社「OKXICE」が、SEC(米証券取引委員会)に「トークン化証券取引施設(TSV)」の開設を通知しました。米上場企業60銘柄超から始める計画で、ブルームバーグは63銘柄と報じています。ICEは今年3月5日にOKXへ企業価値250億ドルの評価で出資し、6月23日に出資比率50対50の合弁を公表していました。
根拠になっているのが、SECが9月17日に出した「イノベーション免除」です。これは本来必要な取引所登録を一定条件で5年間免除する、期間限定の措置。中身を読むと、思ったより窮屈な枠がはめられています。
扱える銘柄数は、S&P500やRussell1000の構成銘柄などを含むティア1で最大75銘柄、それ以外のティア2で最大250銘柄。取引量の上限はさらに厳しく、ティア1は前月の平均日次出来高の0.25%まで、ティア2でも2.5%までです。つまり制度設計上、既存の株式市場を置き換える規模にはなりません。SEC側も「将来のルール策定に向けてデータを集めるための管理された実験」という位置づけを明言しています。
投資家保護の面では、トークン保有者に従来の株式と同じ配当・議決権・残余財産分配の権利を保証することが条件。さらに、第三者がトークン化する場合は発行会社に30日前の書面通知が必要で、会社が書面で異議を出せばその銘柄は取引できません。上場企業側に拒否権を残した設計です。
OKXICEについても、異議申立期間の経過とブローカー・ディーラー登録の承認が前提で、開始時期は公表されていません。
数字で見ると、トークン化株式はまだ「極小」
期待が先走りやすい領域なので、残高を見ておきます。RWA(実世界資産)のオンチェーン残高を集計するrwa.xyzによれば、10月6日時点でステーブルコインを除いたトークン化資産の総額は387億5,000万ドル。内訳では金などコモディティが約29億ドル、米国債ファンド系の最大手USYCが約24億ドルある一方、株式カテゴリは最大銘柄でも3億3,620万ドルにとどまります。
対して、ステーブルコインの残高は2,952億ドル。桁が2つ違います。「トークン化」で実際に動いているお金のほとんどは、いまのところ株式ではなく決済用の通貨なのです。
ただ、保有者数は511万人で30日前から42.88%増えています。残高の伸びは鈍いのに保有者が急増している——このねじれが何を意味するのかは、正直まだよく分かりません。小口の参加者が増えているだけかもしれませんし、配布キャンペーンの影響もありそうです。
日本の壁は「株主名簿が二つになる」こと
では日本で同じことができるのか。結論から言うと、上場株式そのものをトークン化する制度は、まだありません。
最大の論点は台帳の二重管理です。上場株式は証券保管振替機構(ほふり)の振替口座簿で管理され、株主の権利はそこを起点に確定します。ブロックチェーンに別の台帳を置いたとき、どちらが「正」なのか。配当・議決権・株式分割といったコーポレートアクションを両者でどう同期させるのか。法律の建て付けを変えないと詰められない話です。
この壁を越える検討自体は進んでいます。デジタル証券基盤を運営するProgmatは2025年11月4日、野村・三菱UFJ信託・SBIなど24組織が参加する「トークン化法・株式STワーキング・グループ」を立ち上げ、2026年4月7日に「トークン化株式」と「トークン化法」に関する中間整理を公表しました。想定されているのは、株式をいったん信託に入れて預託証券(DR)の形で小口化する方式で、1円単位からの購入を目指す構想です。配当は保有量に応じて分配し、議決権は持株会のように代表者が行使する形が検討されています。
制度側の議論も、ゆっくりではあるが動いています。金融審議会は8月31日の総会で、片山さつき金融担当大臣の諮問により「成長企業への資金供給の在り方等」(座長・山本和彦委員)と「保険制度の在り方」(座長・洲崎博史同志社大学教授)の二つのワーキング・グループを設置しました。資金供給WGでは、日本消費者協会の河野委員がオンチェーン金融について「中長期的な在り方」を検討すべき時期だと述べたと報じられています。第2回は10月9日に開催予定です。
日本で先に実装されているのは「決済」のほう
株式のトークン化より手前で、決済の分野は実装段階に入っています。9月29日、NTTデータとトレードワルツ、みずほ銀行、三菱UFJ銀行、三井住友銀行、三菱UFJ信託銀行の6社による貿易決済の実証実験が、金融庁の「FinTech実証実験ハブ・決済高度化プロジェクト(PIP)」の支援案件に採択されました。輸出企業が船積書類をプラットフォーム上で銀行に出し、銀行の輸出債権買取承認をトリガーにステーブルコインで決済する、という設計です。PIPの支援案件としては4件目になります。
国内の円ステーブルコインJPYCも、2026年9月18日時点で累計発行額100億円を突破しました。資産のトークン化より、お金のトークン化のほうが先に実需を掴んでいる構図です。投信のトークン化については三菱UFJによる実証を取り上げた回、国債の即時決済については政府・日銀の動きを扱った回もあわせてご覧ください。
相談を受ける立場から:24時間取引は個人に有利とは限らない
CFP認定者・IFAとして個別相談を受けていて、この話で一番申し上げたいのは「24時間取引できること自体は、個人投資家にとって必ずしもメリットではない」という点です。
強気に見る理由はあります。決済が即時になればT+1の待ち時間が消え、小口化が進めば従来は手が届かなかった資産に少額から分散できる。海外の投資家が日本株にアクセスする経路も増えるでしょう。
一方で、弱気に見る理由も同じくらいあります。米国市場が閉まっている時間帯は、現物株との裁定の片側が止まるのでスプレッドが広がりやすい。SEC自身が、秘密鍵の紛失、ウォレットの侵害、スマートコントラクトのバグ、フロントランニングやサンドイッチ攻撃、オラクル操作といったリスクを免除の文書内で列挙しています。そして出来高上限があるぶん、流動性はどうしても薄くなります。
加えて、いつでも売買できる環境は、夜中に値動きを見て衝動的に動く行動と相性が良すぎます。相談の現場で見ていると、取引時間が長いことが成績を良くした例はあまり多くありません。
税務も未確定要素です。Progmatの構想では既存の不動産STと同様の申告分離課税が想定されているとされますが、制度が固まらないうちは断言できません。暗号資産そのものの課税見直しについては分離課税20%の論点を整理した記事にまとめています。個別の判断は必ず税理士にご確認ください。
番外編:暗号資産の外にも「トークン化された資産」はある
ここまで株式のトークン化を見てきましたが、日本で先に形になっているのは、むしろ不動産やインフラのほうです。実物資産を裏付けにしたデジタル証券を小口に分けて個人に売り出す仕組みは、制度の議論を待たずにすでに動いています。
代表例が、三井物産デジタル・アセットマネジメントが運営する「ALTERNA(オルタナ)」です。関東財務局長(金商)第3277号の金融商品取引業者で、不動産やインフラを裏付けとしたデジタル証券に10万円から投資できます。特定口座(源泉徴収あり)を選んでおけば、分配金が出ても確定申告の手間はかかりません。
ただ、暗号資産とは性格がまったく違います。価格が日々動くわけではない代わりに、譲渡制限が付いていて途中で自由に売ることもできない。もちろん元本が保証されているわけでもありません。値動きの荒いものばかりに偏っている人が、同じ「ブロックチェーンを使った新しい証券」の中で、性格の違うものを一つ持っておく──そのくらいの位置づけで見るのが現実的だと思います。余裕資金の範囲で、というのはどの商品でも変わりません。
相場は小動き
本日18時台(日本時間)のビットコインは1BTC=85,981ドルで24時間前からほぼ横ばい、7日間では2.09%高。イーサリアムは2,710ドルで24時間0.25%安です。ビットコインのドミナンスは59.04%。FOMCを月末に控えて動きにくい地合いが続いています。前日夕の3倍レバレッジETP承認をめぐる整理、ビットコインの基礎はこちらの解説をどうぞ。
トークン化株式は、制度の抜け道が5年間だけ開いた状態です。この5年で集まるデータが、本格的なルールになるのか、それとも「やってみたが広がらなかった」で終わるのか。いまの残高を見るかぎり、まだどちらに転ぶとも言えません。少なくとも、来年すぐに証券口座の画面が変わる話ではない、というのが現時点での私の見立てです。
情報の出典(2026年10月6日確認)
- SEC|Statement on the Innovation Exemption(2026年9月17日)
- WilmerHale|The Innovation Exemption Arrives(免除条件の詳細・2026年10月5日)
- CoinPost|OKXとICEの合弁、SECにトークン化米国株取引施設を通知(2026年10月5日)
- CoinPost|金融審、成長資金と保険でWG設置 委員がオンチェーン金融に言及(2026年10月5日)
- 金融庁|金融審議会「成長企業への資金供給の在り方等に関するワーキング・グループ」(第2回)の開催
- rwa.xyz|トークン化資産の残高データ(2026年10月6日時点)
- NTTデータ|TradeWaltz活用の貿易決済実証が金融庁PIP支援案件に採択(2026年9月29日)
- Progmat|「トークン化株式」及び「トークン化法」に係る中間整理(2026年4月7日)
- Payment Navi|JPYC累計発行額100億円突破(2026年9月18日時点)
- CoinMarketCap|BTC・ETH価格データ(2026年10月6日取得)
免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、特定の銘柄・商品・サービスの取得や売却を推奨するものではありません。暗号資産やトークン化された金融商品には価格変動リスク、流動性リスク、技術的リスク、カウンターパーティリスクがあり、元本は保証されません。記載した制度・残高・価格は執筆時点で確認できた情報に基づくもので、その後変更される可能性があります。制度の詳細は金融庁および各社の公式発表を、個別の税務判断については税理士にご相談ください。投資の最終判断はご自身の責任でお願いいたします。


